2009年2月27日金曜日

冬日健康

正月頃の日差しは、実に柔らかく、そこに優しさと生命ある恵みを感じさせます。冬のただ中だからこそ、感じる太陽の恵みです。そこで次のような高浜虚子の俳句を思い浮かべました。「やはらかき 餅の如くに 冬日かな」、「我が庭や 冬日健康 冬木健康」、「薮の中 冬日見えたり 見えなんだり」。
「冬日(ふゆび)」は冬の太陽(光)のことですが、虚子にとって、親しく頼りがいのある友人、欠くべからざる家族のようです。あるいは猫がジャラケル毛糸玉のようです。戦時に、次のような俳句も詠んでいます。「凍てきびし されども空に 冬日厳 」。厳しい季節、時局の中にも、恵みが絶えない冬日はしっかりとそこにあるのだから、希望を失ってはならない、という意味です。確かに、寒いときにも、厳しい時代にも、太陽光は、燦々(さんさん)と、私たちの上に降り注ぎ、恵みと希望を感じさせます。
すでに二〇〇九年となって新年が明けましたが、世の中は、昨年からの金融危機で不景気になっていく様相を帯びています。人の心も寒々し出しました。将来に不安を抱く方も多いでしょう。しかし、このような時代だからこそ、私たちも、「冬日」のありがたさを覚え、さらには「冬日」を凌駕する恵みの存在を発見する必要があるかと思います。
私たちキリスト信者にとっては、イエスがそのような存在です。彼は「冬日」以上に、私たちの親しき友人であり、家族であり、喜びを与える光です。確かに、目に見えないのですが、聖書を通して、いつも私たちに語りかけてくれます。イエスの言葉は、冬日のように身体を暖めるだけではなく、心の深くにまで届いて、心の真髄を慰め、生命を与えます。この年も、イエスは聖書の言葉を通して、私たちに対して、次のように語りかけてくれます。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」(ヘブル13:6)。
この約束が、町の人々すべてに及ぶようにお祈りいたします。

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